Ica

薔薇マリ文/ルシ羅叉

ルシ羅叉残念なことになっちゃったばきゅんばきゅーん!

死神と呼ばれる男の眼光は鋭い。あまりに鋭い。普段から切れ長で目力があって、それでいてみつめられると欲しくなってしまう。ルーシーは彼に見られると身体の底から震えるような感覚に陥る。恐怖から、だけではない。威圧感はある。圧迫感もある。けれど、何か言わなければいけない、そんな思いに駆られるのだ。何を、何を?分からないけど、ルーシーは羅叉を捜していた。彼は一人で剣を抱えて壁に背を預けて目を閉じていた。月光を浴びるその様があまりに綺麗で愕然とする。漆黒に月の光が降り注ぐとこんなにも綺麗なのかと初めて知った。

声をかけなければ。そう思う反面、ずっと見ていたいような気もする。触れてしまいたい。触れないでいたい。目を閉じていて欲しい。その瞳を開いて欲しい。こっちを見てほしい。見てほしくない。どうしよう。どうしよう。

「何の用だ」

低くて、喉の奥から、腹の底からたまるような声音が響いた。一瞬誰のものなのか分からなかった。いいや嘘だ。この声を間違える筈が無い。

ルーシー・…アッシュカバード」

その声が孕んでいるものが何なのか、分かっていた。分かっているけど、名前を呼ばれたと言う事実だけでぼくは天に昇ってしまいそうだった。

このひとが僕のことを、仇の息子だと憎んでいることをぼくは知っている。

トマトクンが言ってくれたから異論はないとあの場はおさめたのだろうけど、それでも全く許してなどいないこと、肌で感じてる。

正直に言うと、ショックだ。そう考えるだけでじわっとくる。けどぼくはこの人を嫌いになんてなれない。なれるわけが無い。

「ぼ、ぼく」

すっと息を肺にためこんだ。

エルデンにきて、最初にこの人をとてもとてもかっこいいと思った。かっこよすぎた。衝撃的な出会いだった。腰が抜けるかと思った。ちっぽけな自分にはあまりに大きすぎて、何も言えなかった。あの瞳が怖かった。死を覗きこんだみたいな色をしていて、深い闇色が彼を彩っているような気がしていた。

次に彼を見たのは、レセプションの時だった。お父さんが居て、駆け寄ろうとしたらおさえられて。そして彼がきた。来てしまった。目を見開いて見ているのが精いっぱいだった。お父さんが殺されてしまう!そしてそれをしようとしているのがあの人なのだ。死だ。お父さんは殺されてしまう。でも、嗚呼、嗚呼、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼なんてなんてなんてなんてあの人は綺麗なんだ!!!!笑みともつかない唇の歪めも、剣さばきも身体の動きも。トマトクンのようにツヨイ、訳ではない。ピンパーネルのように神業でもない。ただ、何だ、一言で片づけてしまうなら彼は存在が美しいのだ。けれどお父さんはぼくにとってすべてで、もうその二人が殺し合っているのだからぐちゃぐちゃだった。お父さんが真っ二つになってしまって、そのお父さんが本当はお兄さんで、更にぼくは混乱してしまった。憎悪と愛情とパニックのせめぎあいだった。

そして──

あなたはとてもとても、何か痛手を受けているようで。何かを喪ってしまって、それはなんだかかけがえのないもので。前を向いているのに、どうしようもなくてどこも見られない。

けれど、死神がいいとこまでいったと聞いて、総長争奪トーナメントを見なかった自分を呪い殺してやりたかった。

「ぼく…お話、したいと思って」

閉じていた瞳がかっと開いた。眉を寄せて、ありありとかくしもせずに彼は顔を歪めた。

「俺は貴様と話すことなどない」

「ぼくにはあります!」

伝えなければいけないと思った。どうしようもない焦燥に駆られて、明日の作戦が始まる前に話したいと。

憧れ、てるんです。すごくすごく。だからほんとは、そんな目で見られることが悲しくて悲しくてたまらないんです。ただなんか、その、思っちゃったんです。すごくすごく強いあなたを。きっと沢山のことに傷つきながらも、あなたはその剣をふるってるんだなあ、と思ったらいてもたっても居られなかった。

どうして彼に冷たい目で見られると傷つくのか。(同時にちょっとぞくぞくして腰のあたりに震えが走るのだけど)その理由を考えると、胸のあたりがざわつくのだ。ふと、マリアローズを見たら目を数度瞬かせて、どうしたのといった。居心地が悪そうだった。その瞬間に気づいてしまった。すいません、と告げて部屋を出て、深呼吸して、目を閉じても開けても瞼の裏に張り付いたように、眼球にあなたの姿がうつったレンズがはまっているかのように──あなたが離れなくなった。

「──ぼく、あなたを、守りたいです」

あなたの難しい顔を、笑顔にさせてあげたいんです。頬に手を添えて、あなたが目をあけたらおはようのキスをして頭を撫でてあげたいです。その綺麗な瞳を舐めてあげたい、指の先を軽く噛んであげたい、いたましく腫れあがって変色している傷跡をゆるゆると慈しんであげたい、やめろと懇願するまで泣かせて鳴かせたいけど照れたように俯いても欲しい笑ってほしい泣いてほしい。他のだれにも触らせたくないその肌を撫ぜるのはルーシーだけでいい。

口に出した瞬間、死神と呼ばれる男は激怒すると思っていた。斬られても仕方ないことを言ったと、今気付いた。やばい、ぼく死んじゃうかも。さよならお父さんお母さんぼくは三分の二になれな──

「なにを……言っている?」

ぽかんとあいた口、怪訝そうにうろたえたように歪む瞳、壁から僅かに背をはなす彼に、ぽかんとしたのはぼくだった。ぽかんを通り越して、え、何、この…か、

か、

可愛い──…!

他の人から見たら、可愛いと言うより、死神が驚いているということに少しばかりの動揺を覚える程度なのだろうが、惚れた欲目もあいまってルーシーにはまさしくとんでもなく可愛く見えた。

この人、こういうこと言われ慣れてないんだ。鈍感だし、はっきり言ってもらわないと分からないんだ。しかも、しかも見知った人ならまだしも仇の息子であるぼくに言われて驚いてる。はっきり言って訳が分からないって顔してる。そんな顔が、どうしよう、たまらなくかわいい。可愛過ぎる。今すぐキスしたい。

してしまおう。

「すいません」

一応謝罪して思いっきり背伸びした。勿論届かない。手を伸ばしてぐいっと襟をつかんだ。

噛みつくように、キスをする直前で、止められた。がっと口に手を置かれて、寸前でふさがれてしまう。見やると羅叉は眉間にしわを寄せて口を開く。

「女が、そんなことを」

あ。

忘れていた。ぼくの外見ってそういえば、可愛いんだ。お父さんも褒めてくれたし、お母さんも褒めてくれた。カタリさんにもマリアさんにも間違われた。しかも、スカートを履いてるから尚更。

合点がいって、瞬間すっと眉を悲しそうに下げてみた。女の子だと思ってるなら、こんな顔には強くはでれないだろう。案の定羅叉は少し迷ってから手を離した。

「お願いします。一度だけでいいんです。嫌われているのは知ってます。だから、一度だけ、一度だけ……」

何度も何度も懇願する。離れろ、とか止めろとか色々言われたけど、聞こえないふりをする。かなりの時間がたって、どうやっても離れようとしないぼくに羅叉はしびれをきらしように低く呻いた。襟首を掴んでぼくを遠ざけるがぼくは何度でも追いかける。さっきから繰り返してる。そろそろ誰かに見られてもおかしくないころだが、神様はぼくに味方しているのだろう。羅叉を助けてくれる人は誰も通りがからない。それでも気にせずに歩き出す羅叉の腰を掴んでそれでも力が足りなくてひきずられる。おねがいします、おねがい。逃げないで。一回でいいんです。あの、ぼくさせてくれないと、これから先ずっとこうして追いすがります。部屋から追い出されても部屋の前でずっと待ってますから。お願いします。だって、総長がぼくのこと認めてるから、羅叉さんもぼくのこと追い出せないですし。──なんか段々脅迫じみてきたが、羅叉は溜息をひとつついて、歩みをやめた。

「…何がしたい」

「え」

ぶっちゃけヤらせて欲しいです。とは思ったけどそれは言わなかった。だから悲しそうに辛そうに「キスさせてください」とだけ絞り出した。

「………分かった」

「!! ほんとですか!」

本当に疲れたように吐き出した声につい飛びあがってガッツポーズしそうになるが、まだ我慢だ。本当に、いいんですか。ぼくなんかが、でもその、いやなんじゃないですか。無理させているんじゃないですか。そういう風に見えるように必死に表情を作る。

「二言は無い」

……そんなとこもかっこいい。

するならさっさとしろ、減るものじゃない。そういう羅叉をもう一回襟をつかんで無理やりかがめさせ、「失礼します」と言ってその手を首の後ろに回して口づけた。

一瞬で終わると思っていたのだろう。羅叉が顔を離そうとした、けどぼくはまた噛みつくように口づけて薄く開いていた唇に舌をねじ込んだ。

びくりと羅叉の身体が震えた。すぼめた目に困惑の色がついている。真っ黒で死そのものみたいな目が、ぼくをうつしてる。どうしよう。ぼく殺されるかも。この人が好きすぎて、ぼくは何度死ぬだろう。どうすればいいか分からないのだろう、逃げもしない舌をつかまえて、絡めて、なぞる。苦しそうな息が漏れてる。もしかして呼吸してない?なにそれ、ほんと可愛い。どうしよう。もっとぐちゃぐちゃにしてもいい?ああ、死神だっていうけど、咥内はなんてあったかいんだろう。可愛い。可愛い。可愛い。食べちゃいたい。

ぐちゃぐちゃと訳のわからない音がして何度も何度も角度を変えて咥内を貪られる。口の中を他人のものが這うのがこんなにも不快だとは思っていなかった。舌を甘噛みされて抵抗しているうちに、いつのまにか壁まで追い詰められていて、ずるずると膝が崩れ落ちる。両頬を手ではさまれて、ルーシーを見上げる形になっていた。赤い瞳がすぅっと細められてこらえきれず顎につたった涎を美味しそうに舐めてのまれた。

「おいし……」

ぼんやりとしているうちに詰襟を外されて、ルーシーはこらえきれないと言う風に唇を舐めた。

この時のルーシーは、ちょっと調子に乗っていたのだろう。焦がれてやまない人にこんな夢のような事を出来て、更に先に進めそうで、うっかりと口が滑ったのだ。

「僕、こんなんでもやっぱり…男なんで、止まらないですすいません」

襟元を開けられた瞬間、まどろんでいた脳が一気に覚醒した。ちょっとまて。何と言ったか。今。

「男……?」

「え」

咄嗟にルーシーの服を掴んで、

──思い切り投げた。

「ふえ、え?」

驚いたような声が上から響いたが、気にせずに腕を振りきった。上手い具合に弧を描いたルーシーの小柄な体が丁度宙をまって、開いていた大きな窓に放り投げられた。

「──しまった」

ここは四階だ。

「うわああああああああああああああああ……!!」

悲痛な悲鳴が響いたのだが、どうにもこうにも助ける気にもならずその場で座り込んだまま動けなかった。情けない。秩序の番人の総長失格だと言われても、仕方ないな。けれどあの男に負けたせいもあるのだろう。少しだけ笑みがこぼれて、それから下の方からまだ何か音が聞こえるのに気付いて眉をしかめた。あれはどうでもいいから、今日は速く眠ろう。

おちがこい

残念な気持ちになった人は、ぴくしぶに登録してくださった神乃木さんの絵を見に行って癒されにいこうね!!!!